GIDアーカイヴ。学生時代のこと。

◇一個のボタン。◇

それはもう高校受験も間近のある日のことでした。少し前に書いた作文が最優秀になり、既にその表彰状ももらった後だったので、私自身はとっくの昔に忘れていたのですが、どうやらその話はまだ終っていなかったようでした。

その頃と言えば、読書感想文やら何やらで賞状や記念品をもらうことには慣れっこでしたし、教師の依頼でコンクールなどの作文を書くことに、私には多少の自信がありました。

もちろん、そのおまけとしての依頼をされることにはいいかげん辟易していました。自分のクラスの学級歌の作詞とかは理解できるとしても、他のクラスの学級歌の作詞、会ったこともない生徒の生徒会長戦の推薦文、卒業式の送辞、答辞とかをなぜ私が書かなくてはいけないのかと疑問の毎日でした。

とは言え、私はできる限り、そういう依頼はお断りしました。もちろん、教師から何かを頼まれるなんて、うれしくもあり誇らしいことでしたが、それはともすれば「天狗になってる」とか、「調子に乗ってる」などと陰口を叩かれる元だとわかっていましたから。しかし、断ったら断ったで何かを言われてたのでしょうけど。

そんな毎日でも高校受験は近づいてくるわけで、さすがにそんな依頼が来ることも少なくなり、私の意識は試験勉強だけに向き始めていました。と言うか、そういうコンクールは、書いてから結果が出るまでに結構な期間が開いたりするので、私は賞状をもらったことでもうすっかり気にしてなかったのです。

「今日のお昼に服装検査がありますから、給食が済んだら全員体育館に行くように」

ある日の朝のHRで、担任の女性教師が言いました。私がまたか、と思っていると、彼女の話にはまだ続きがありました。

「○○君はその後、校長室に行ってね。○○新聞の記者さんが取材に来ますから。」

私は正直、面食らいました。もちろん、生まれてこの方、新聞の取材なんて受けたことはありませんでしたから。合唱のコンクールでTVにちらっと映ったことはありましたし、しばらく後に何度か詩が雑誌に掲載されたこともありましたが、記者さんに直接取材されるなんて経験は、私にっては生まれて初めてだったのです。

既に内容も覚えていないような作文の取材って?と私は更に戸惑いました。それに一体、何を記事にするの?写真も取るのかな?校長も同席するのかな?私の頭の中は色んな想像で一杯になりました。

しかし、私を冷やかす同級生たちの中に、それほどまでに悪意を持った目があったことには、その時の私はまるっきり気付いていませんでした。もちろん、今考えれば予想できなくもなかったことなのですが。

迫ってくる時間に緊張度を増しながら、私は授業を受けていました。そして、その日の四時間目の体育を終えて、教室に戻ってきた私は、着替えようと学生服を手に取りました。そしてやっと、どこかで私を見つめる悪意の存在に気がついたのでした。

何も気にすることなく学生服を手に取った私は、その自分の学生服に何か違和感を覚えました。よく見てみると、確かにきちんとついていた筈のボタンが一つ足りないのです。もちろん裏地のボタン止めも一緒に消えていて、予備なんて持ち歩いていなかった私は、正直、困ったなと思いました。

「あ〜あ、服装検査でひっかかるぞ。正座と反省文だよな〜?」

戸惑う私のもとへ、一人の男子生徒がはやしたてるように声をかけてきました。

彼(O君)はクラスで一番の不良で、と言うより、ただクラスメイトや教師に嫌がらせすることを楽しみにしてるとしか思えない子でした。

授業の妨害はもちろんのこと、学級会、文化祭などのイベントの邪魔をすることだけが彼の日常でした。教師も彼に「もう学校に来るな」と言うほどだったのです。

また、ある教師はため息混じりに、

「君は将来、どうなるんだ?このままじゃ、○○○しかないぞ」

と言ったほどです。

そんなことを言われると、O君は「授業を始めて下さい〜」とからかうように言い、授業が再開されるとまた妨害を始めたり。教師もクラスメイトもただ呆れるばかりでした。

理科の教師(30代前半くらいの男性)はあまりの授業妨害に、

「裁判でお前を訴えたら、僕が勝つんだぞ!弁護士にも聞いてきたんだ!」

と半狂乱に叫んだことまでありました。その教師は普段は優しく、どちらかというとおとなしい人だったので、「愛のある暴力」をふるうことも一切出来ずに、14、5歳の彼の対処にほとほと困っていたのでした。

そんな事件も引き起こし、暴力よりはむしろ嫌がらせを楽しんでいた彼は、もちろん日常的に私にも嫌がらせをしてきました。というか、彼にとって相手は誰でも良かったのでしょうけど。

ですから私は、隣ではやしたてる彼を半ば無視して、なるべく動揺しているのを見せまいと無理をしました。それにまあ、日頃から「まじめ」で通っていた私は、一度くらい服装検査にひっかかったとしても特に気にならなかったのです。

思った通り、給食の後の体育館で行われた服装検査でも、私は叱られることもなく、急かす担任教師に言われるまま、記者さんが待っているという校長室に急ぎました。

「失礼します」

校長室のドアをノックして中に入って見ると、応接セットに一人の男性が座っていました。自分のデスクから立ち上がり近づいてきた校長に紹介されて、私はその絵に書いたような髭面の男性と握手をしました。すぐに私の学生服のボタンが一つ足りないことに気が付いた校長でしたが、記者さんも「胸から上の写真ですから別にいいですよ」と言ったので、それ以上何も言いませんでした。

ソファに腰を下ろした私に、記者さんはいくつかの質問をして、最後に数枚の写真を撮りました。生まれて初めてのことに緊張していた私は、何だかあっけなくて気が抜けました。

校長室を後にして教室に戻った私に、今度は担任教師と彼女に引きずられるようにして、またO君が近づいてきました。

「。。。。。」

担任に促されるようにO君は何かを言ったようでしたが、私には聞こえませんでした。そして彼が差し出した手の中には、そう、一個のボタンがありました。しかもご丁寧に、ボタン止めも。

そう、ボタンが消えたのは、これまたO君の嫌がらせだったのです。写真を撮ることまでは知らなかったでしょうが、少なくとも彼は、服装検査と校長や記者さんの前で私が恥をかくことを目論んで、たった一個のボタンを私の学生服から盗んだのでした。

「返したからな!」

O君はそんな捨て台詞を吐き、背中をつかんでいたらしい担任の腕を振り払って、その場からいなくなりました。後には「困ったわね」という顔をした担任教師と、一個のボタンを手に乗せた私が残されました。

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