トップページGID関連アーカイヴ。精巣除去(去勢)手術のこと。

◇精巣除去手術のこと。◇

※私がこの手術を受けたのは、性同一性障害治療に関するガイドラインが策定される前のことですが、私はその後、ガイドラインに乗っ取ったカウンセリング・治療を受け、三医療機関、三人の医師により、きちんと「性同一性障害」との診断を受けています。

その頃、私はあるお店で働き始めてはいたものの、やはり去勢手術だけでも早く受けたいと思っていました。そしてもちろん、なるべく早く性転換手術(当時の認識)もしたいと。

私は既に二十代後半。勇気を振り絞ってその業界(水商売)に入るのも遅かったので、とても焦っていました。もちろん、業界がどうとかを抜きにしても、私はネイティブ(生まれつき)の女の子に少しでも近づきたかったのです。

しかし、私が就職したお店は他のお店などとはまるっきりコネも無い、都会の片隅の三流か、四流くらいのお店でした。当然、どこの病院でそういう手術をしてもらえるとかの情報なども全く無く、私はなんとなくその日その日を働きながら、どうしたものかなと悩んでいました。

そこへ、当時、同じお店で一緒に働いていたM嬢が、どこから聞いてきたのか、ある病院を教えてくれました。「本当だったら紹介料とかもらうんですよ?」と彼女は少し恩着せがましい感じでした。

ある日の午後、私の隣で彼女はその病院へ電話をしました。

「去勢手術をして欲しいのですけど」

「それではカウンセリングに行きます」

何だかあっさりOKになったようでした。

「え?そんなに簡単なものなの?」と私は思いました。

翌日、私もその病院に電話をしてみました。 「去勢手術をして欲しいのですが」と彼女と同じように言うと、看護婦さんらしき人から、「うちではそういう手術はしていません」と素っ気ない返事が返ってきました。

どうやら、昨日の今日でもあるし、私の低い声で何か疑われたらしいのです。しかし、そこで簡単に引き下がるわけにも行かないので、「ひとまずカウンセリングだけでもして欲しいのですが」と言ってみました。すると今度は、「それでは何曜日に来て下さい」と言われ、 私はカウンセリングの予約をしました。

某年2月6日、私はその某病院にカウンセリングに行きました。方向音痴の私でしたが、M嬢の書いた地図とタクシーで何とかたどり着くことができました。

現地に着いて見ると、そこは住宅地の真ん中にあり、こじんまりとした所。受け付け用紙には考えた末、「豊胸手術希望」と記入し、順番を待ちました。

待合室には若い女性が多く、親子連れなどもいました。ちなみに後で知ったことなのですが、そこにいた女性達はほとんどが同業者(ニューハーフ)で、親子に見えた二人もどこかのお店のママと店の子だったそうです。

やがて看護師さんに私の名前が呼ばれました。

小さな診察室に入ると、先生と二人の看護師さんがいました。「豊胸手術をご希望だそうですね」と言われ、私はひとまず「はい」と答えました。すると、上の服を脱がされ、両乳首の間などをさしで計られて、「あまり大きくはできませんね」と言われ、手術費用などを聞かされました。

私はそこで思い切って、「本当は去勢手術をして欲しいのですが」と先生に打ち明けました。すると先生は、「今はもうしてないんですよ、ある人がうちの病院のことをテレビで言ったりして、困ったことになりましたから」と言いました。それでも私は「お願いします」と頼み込み、何とか承諾を得ました。

それから別室に移動し、手術の日付けと費用などを看護師さんと確認して、その日のカウンセリングは終わりました。

しかしその後、お店の都合で手術を予定していた2月15日がだめになり、病院に電話をしてみると、看護婦さんから14日はどうかと提案されました。実は14日に手術を予定していた方が、なんと交通事故に遭い、怪我をしたというのです。しかし、その日はM嬢の手術予定日でもあったので、私は一応、お店の都合を考えて22日に予約をしました。

ところが、電話を切った後で予定の変更をまわりに話すと、ママや同僚は「どうせなら、一緒にしてくれば」と勧めるので、私はまた病院に電話をかけ直し、2月14日に予約をし直しました。

実はこの時、M嬢はすごく不満だったみたいです。なぜなら、普段から彼女は私に敵意をむきだしにしていたのですが、わずか数日でも、「私より先に去勢手術をした」という、後では動かせない既成事実を得ることをとても楽しみにしていましたから。 それが得られなくなったことは、彼女の私に対する敵意を倍増させたようでした。

当然、その後彼女がお店を移るまで、私たちは仲良くするどころか、トラブル続きとなりましたが、とにかく二人とも同じバレンタインデーに手術を受けることになりました。

某年のバレンタインデーの2月14日、前日の仕事を終えたM嬢と私は、当然、睡眠不足のままでその病院へ行きました。

天気はカウンセリングの時と同じく、かなり雪が降っていましたが、隣にM嬢がいて何だか不思議な感じがありました。

当然のごとく、その病院は診察時間外で、誰もいない待合室の電灯は消されていました。

看護師さんに診察券を出して、到着を告げるとすぐにM嬢が手術室に入り、一時間もしないうちに彼女は戻ってきました。「全然痛くなかった〜」と彼女は言い、待合室で横になりました。

そして、いよいよ私の番になり、看護師さんに奥の手術室に連れて行かれました。

先生が「本当に良いんですね?」と確認し、私が「はい」と答えると、「下の服を脱いで、ベッドに寝て下さい」と言われます。

さすがに少し恥ずかしかったので戸惑っていると、「まあ、そのままでも良いですよ」と先生。

私は下半身を下着だけにして、手術台に乗りました。先生に「それでは始めますよ」と言われ、下着を取られました。

私はやはり少し不安で、看護師さんに「手を握ってても良いですか?」と聞きました。その看護師さんは少し笑って、「良いですよ」と言ってくれたので、私は結局、手術が終わるまで手を握っててもらいました。

まず、私はこの時までまるで考えてなかったのですが、睾丸の周囲の邪魔な体毛をハサミで処理されます。次に念入りに消毒された後、睾丸を持ち上げられ、右の睾丸の上下部に麻酔を注射されます。これは驚くほどは痛くないのですが、変な感覚があります。

ちなみにM嬢がこの注射をされた時にはあまりに痛がらなかったので、先生は「大丈夫かな?」と思ったそうです。

続いて、 両睾丸の間を切開され、右の睾丸を外に取り出します。神経などを切り離し、その端を結びます(だそうです)。この時の感覚は、本当に「内臓をわしづかみされている」様な感じです。同様に、左の睾丸にも麻酔をされて取り出されます。最後に、切開部分を溶ける糸で閉じられます。

わずか30分か45分程度で全てが終わりました。

その後、「あまり激しい運動などはしないで下さい」とか、「他人にはくれぐれも言わないで下さい」と、先生や看護師さんに念を押され、飲み薬の痛み止めと傷口に塗るクリームを渡されました。

そして、看護師さんに手術料金を支払いました。そこには、小さなお札勘定器(?)がありましたっけ。

さて、私が待合室に戻るとすぐ、「もうすぐ夕方の診察時間が始まりますので」と看護師さんに急き立てられ、私とM嬢はその病院を後にしました。M嬢と違い、私はほとんど休む時間もないままでした。

手術後はあまり痛んだりはしないのですが、「結んだ神経がほどけて、空洞部分に血がたまると大変なことになる」と 先生が言っていたので、やはり気分的にはあまり動きたくはなくなります。手でそっと患部を触ってみると、神経などを結んだ端っこを感じることができました。

手術の後、しばらくはお風呂はもちろん、シャワーも使えません。ただひたすら、傷口にクリームを塗り、ガーゼを取り替えテープで止める、その作業を繰り返します。「きちんとクリームを塗るほど、傷口がきれいになるから」とのことでした。

手術から数日経つとシャワーも大丈夫になり、確か一週間か十日くらいでお風呂も大丈夫だったと思います。

私とM嬢が働いていたのは新米ニューハーフ3人しかいないお店で、2人とも休み続けるわけにはいかなかったので、 結局、2日間だけ休んだ後、私達は職場に復帰しました。もちろん、しばらくお酒は飲めませんでしたけど。

ちなみにこれが、私が生まれて初めて受けた外科手術となりました。

※私の記憶に基づき、以前のサイトに掲載していた物を、2004年5月22日、10月20日、及び2013年6月18日に加筆修正したものです。よって、某サイトに提供した内容と完全に同一ではありません。理由は、ここが完全に私の個人サイト(ブログ)だからです。(公共性の必要性は低いと思われますので)

現在は私のようにこそこそ隠れて、この手術をする必要はないと思います。それどころか、正規の性同一性障害の治療ルートに乗られた時に、多少なりとも支障が出る恐れがありますので、たとえ、手術を引き受けて頂ける医療機関をお知りになったとしても、できれば、この手術を受けないことをお勧め致します。その意味でも不可逆的な手術です。その点をくれぐれもお忘れなきよう。

さらに現在は、睾丸摘出手術を経ないで、一度にSRS(性別適合手術)をするのが一般的のようです。むしろ睾丸を摘出していると皮膚が縮むこともあり、執刀医の先生により傷跡の場所、審美眼が異なりますので、やはりいかがなものかと思います。それでも睾丸を摘出するのであれば、睾丸の摘出からSRSまでの日程も考慮されますよう。(間隔が短すぎるのも長すぎるのも良くないようです。)

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